2010年9月27日月曜日

最後に。

メインストリーム協会の皆さん。
ほんとうに、今回モンゴルに2ヶ月間行く機会をくれて、ありがとうございます。
すごく貴重な2ヶ月間だったと思います。
劇的に何かが変わった、とかそういうのではなくて、なんか、芯が出来たというか、これからもこの運動を続けていきたい、という思いがよりいっそう強くなりました。
私のことを、モンゴルメンバー、として受け入れてくれた、モンゴルで頑張っているメンバーがいるんだから、私も日本でぼーっとしてられないなと。
私はこれからもモンゴルメンバーとして、日本で起こった出来事を、モンゴルに発信し続けるつもりです。

それに、メインから2ヶ月離れてみて、改めて、メインっていいなって思いました。
モンゴルメンバーに話をするときも、「メインはね・・・」と、なんか誇らしげに話をしている自分がいました。
あー私メイン好きなんやなぁって。
そしてセミナーでみんながモンゴルに来たときも、私にはこんな心強い仲間がいるんやなって思ったんです。
日本にいてたら、そんなんあんまり考えないけど、ほんとに、仲間がいるんやって。
アジアメンバーも、夢宙もぱあとなぁも、みんな仲間なんやって。みんなで同じ目標に向かってやってるっていうのが、はっきり見えたんです。
わくわくしてました。
ブログを書くことは、自分の中でも結構整理ができて、おもしろかったです。
それを読んでくれている人がいるのは、嬉しいです。
ほんとうにありがとうございました。
次は誰が行くんでしょうねー。
楽しいですよー。また行きたいなぁ。





2010年9月26日日曜日

モンゴリアンバーベキュー

今日は青井勉強会の後半。
まず、前回好評?だった、介助派遣のしくみをもう少し詳しくやりました。
それからメインストリームの歴史。
ちゅうげんさんがDVDにコピーしてくれた、「関西ワンダラー」使いましたよ。
みんな、この話はバヤールが日本に帰ってきたときにしてくれたから知ってたけど、実際に映像で見れたことは、ほんとよかったと言ってました。
ありがとうございます、ちゅうげんさん。
最後に、モンゴルセンターに望むこと、を話しました。
そんな感じで終了。
みんな、CILの活動をやろうという気持ちはすごくある。
でもまだまだわかってないこともたくさんあるから、もっともっと知りたい、
と言っていました。
だから、今度日本に来る機会をもらえることは、すごく嬉しいと言っています。
私もすごく楽しみです。

勉強会終わって、みんなでご飯!
モンゴリアンバーベキューに行ってきました。
モンゴルは昔めちゃめちゃ強くてかなり広い範囲勢力を伸ばしてましたね。
その秘訣の一つが、もともと遊牧民なので、極力少ない荷物で移動するのに慣れていること。
そのため、昔は盾の上で、刀を使って料理してたんですよー。
それを再現した店です。左、盾をイメージした、すごく大きな丸い鉄板の上で刀もどきを使って焼いてくれます。
肉、野菜、たれがバイキング形式になっていて、好きなように器にとって、鉄板のところに出すと、ぐちゃぐちゃぐちゃっと焼いてくれます。
豪快。
久々に豚肉食べました。 たれも10種類くらいあるのですが、 「キングオブソース」という強そうなソースにしてみました。 おいしかったですよー!
これは私の部屋です。
もう終わりだなーと思って写真撮ってみました。
モンゴル最後の洗濯日。
暖房が始まって、洗濯物もすぐ乾くようになりました。
残りの洗濯物は日本に帰って全自動洗濯機で洗います。
全自動洗濯機のありがたさが身にしみます。

2010年9月25日土曜日

写真いろいろ2

ではまた写真でモンゴルを少し紹介します。
まず、左の像は、モンゴル革命で有名な、スフバートル像。スフバートル広場の真ん中に、どん!と建っている、モンゴルに来た人なら見てるはず。
ちなみに今回のセミナーの閉会式はここで行われました。
今、この像、ブロンド像にするため、工事が行われてます。スフバートルさん、クレーンで連れて行かれそうになっているシーンを見かけました。
次、右、雪積もってます!今朝雪が降ったそうなんですが、私は事務所の中にずーっといたので全然気づかず。昼間に気づいて、だいぶ溶けてましたが、雪積もってましたー。
私が雪に気づかなかった理由・・・。

それは左下の暖房器具!一昨日やっと事務所も始まりました!!
ほんとにじわじわと暖かいです。
日本みたいにエアコンでむっとしたりしないので快適。これで冬越せる気になります。



右は、アイリッシュパブにて。パンケーキ、とメニューに載っていましたが、どう見てもクレープ。でもおいしかったので載せてみました。

左の写真、たまには自分の写真も・・・と思い。左の子は、イッヒンゲルさんの娘さん。
家の中は半そで短パンで過ごしてます。
私は無理だけど・・・。
そうそう、上の暖房器具、ずーっとつけっぱなしで、1ヶ月4,000円くらいだそうです。
モンゴルにしたら結構高いんだと思うけど、安いなぁほしいなぁ。

2010年9月24日金曜日

勉強会

日本の制度のこと、メインストリームのことをモンゴルメンバーに伝える、青井勉強会が今日15:00から行われました。
バヤールの通訳をはさみながらなので、結構時間がかかって、今日1日では終わらず、日曜に繰り越し。
今まで発表した中でみんなの食いつきが一番よかったのは、
利用者の生活とコーディネーターの役割。
簡単なケアプランを2パターン作って発表したのですが、かなり真剣に話を聞いていました。
介助者プロジェクトをこれから始めるので、介助制度のしくみが一番気になるようです。
せっかくなので、その部分をもう少し追加して日曜に伝えようかなと思っています。

残念だったのは、ドーギーが学校があって、勉強会に参加できなかったこと。
ドーギーは、9月の前半、学校を休んでセミナーの準備とセミナーに参加したことで、かなり先生から怒られたみたいです。
行かないと卒業がヤバイので当分事務所には来れない、と言っていました。
バヤールが伝えるとは言っていましたが、コーディネーターの役割やアテンダントのしくみなど、ドーギーにも聞いて欲しかったなと思います。

モンゴルではセミナーの後も、しょっちゅうマスコミが事務所を訪れます。
セミナー後、センターがどんな活動をしているのか、という番組を作りたい、というのです。
この間も、モンゴルの国立TVが、はじめは障害者の教育についてとりあげようと思っていたけど、センターに来て話を聞いて、障害者の日常をとりあげて、日常生活を送る上でどんな問題があるのか、等もっと普通のことを番組にしたい、と言ってきました。
そこでブエ(多分せき損)が買い物に行ったりするシーンを撮影。
私もゲルレの介助者っぽく、ちらっと映っていると思います。
今までは、頑張ってる障害者か、貧しい障害者、服とか寄付してもらってるところとかしか取り上げてこられなかったモンゴルTV。
これから変わっていくといいなぁ。

夜はイッヒンゲル(セミナーで司会してた頸損)さんの家に呼ばれ、ご飯をご馳走になりました。
イッヒンゲルさんの娘(英語がペラペラの16歳)は日本のアニメが大好きらしく、
「会長はメイド様」
というアニメを一緒に見ました。
私が知らない、と言うと、
「日本に帰ったら絶対見て、今24話まで放送してるから!」
と念を押され、
「わかった」
と言ってしまいました。
見るかなぁ・・・

2010年9月22日水曜日

デル

モンゴルも、残り1週間をきりました。
もう少ししかないから、行き残したところはないか、とみんなからよく聞かれます。
狭いウランバートル、たいがい見所は行ったと思うし、なかなか難しいです。

今日は、モンゴルCILメンバーが、私にデル(モンゴルの民族衣装)をプレゼントしてくれる、とのこと。ナラントールザハ(雑貨市場)へ、デルを買いに行きました。
相変わらずすごい人で。
あそこに行くと、なんか力を吸い取られるような気になるのは私だけでしょうか・・・

で、新しいデルを着た人に、伝統的な儀式がある、とのことでやってもらいました。

前のすそをひっぱって
「馬の子に踏まれますように」
後ろのすそをひっぱって
「羊とヤギの子に踏まれますように」
内側のすそをひっぱって
「バターや油がつきますように」
服をつかんで
「この服が古くなっても持ち主はまだまだ元気でいますように」
と言って、お菓子を渡し、頬にキスをする。以上。

たくさんの家畜がいて、副産物がたくさん取れて、豊かに健康にくらせますように、という儀式らしいです。小さなことですが、モンゴルの文化が現れていて、おもしろいなぁと。
モンゴルメンバーからのプレゼント、せっかく2ヶ月間もモンゴルにいたんだから、モンゴル衣装ほしいなぁと思っていたので、うれしかったです。

夜はアベラさんの家に招待してもらい、晩御飯をご馳走になりました。アベラさんの23歳のときの写真が飾ってあって、めちゃめちゃ若くて、貴重なものが見れました。

金曜日に私の講演というか日本の話をすることになっていて、その準備もしないといけないし、なんだかんだと忙しい毎日です。
あっという間に1週間経つんだろうなぁ・・・

2010年9月21日火曜日

写真いろいろ

少しですが写真三昧でモンゴルの様子を少し。
まず左は今日の事務所の様子。ちょっと写ってない人もいますが、全員そろってます。
みんな何を真剣に読んでいるかと言うと・・・
下の写真左側、バヤールがどどん!と真ん中に写っている新聞。
デイリーポストという、モンゴルで毎日発行されている新聞に、
バヤールの生い立ちから始まり、
「モンゴルで初めて重度障害者が集まったセミナー」
「なぜ自立生活センターを作ったのか」
が2ページにわたって書かれていました。
ちなみに、バヤールの名前の下にキャッチコピー

「足では歩けないけど、心で歩いているよ」

バヤール嫌がってました。



上段右の写真は、モンゴルのバス。前にも書いたように、入り口には邪魔なポールが。
中段左、熱唱するガンバとチョカ。
中段右、ゲルレの実家です。手前がバンシュテッツァイ。スーテッツァイ(モンゴル人大好物のお茶。ミルクの中に、塩、バターが入ってます)の中にバンシュという餃子が入ってます。奥は、ゲルレの子供、フスレン。めちゃめちゃ元気。
下段、WITH Tシャツペアルックの2人。ガンバがいい笑顔だったので

初雪

こちらモンゴルでは、昨日初雪が降りました。
寒いよー。

モンゴルでは部屋の壁沿いにパイプがぐるっとついていて、そのパイプの中をお湯が通って部屋が暖かくなる暖房器具が各家にあり、家の中はほっとするくらい暖かいです。
ゲルレの家では9月15日から始まりました。
日本でもあれあったらいいのになー。
でも事務所のマンションではまだその暖房システムが始まっていません。寒いです。
今週末くらいにつくかも、とのことですが、ほんとに早くついてほしいです。

土曜日はチョカ、ガンバ、ゲルレ、オカ、ダワダ、ガナと私でモンゴルカラオケに行きました。
モンゴルのカラオケは、モンゴル語はもちろん、中国語、韓国語、日本語の歌もそろっています。
だから私も日本の歌を歌えるわけですが。
日本だと、自分の歌いたい曲を1曲いれたら次の人にまわしますよね。
あんまり連続して2曲とか歌わないですよね。
で、自分が入れた曲を自分で歌う。

でもガンバとチョカは一度リモコンをにぎると、だぁーっと10曲くらいいれちゃいます。
ずーっとガンバが歌ってる感じ。
それからマイクが2本あるので、かならず2人で歌ってました。チョカが多いけど、ほかの人にもマイクをまわして一緒に歌う感じ。
だから、ガンバやチョカが曲をいれまくっても、あまりみんな気にならない様子でした。多分。
さらに好きだったら同じ曲を何回も歌います。
そしてぶっとおし7時間カラオケ!
カラオケひとつとっても、やっぱ文化の違いを感じました。

月曜は会議を。
いよいよ、給料をもらうようになるので、出勤のルールを作ろう、ということで、いろいろ話しました。
それから日本に研修に行く人を誰にするかも話し合いました。
これは帰ってから報告しようかなと思っています。

ちなみに。
わたしの胃は確実にモンゴル人化?してます。
毎日毎日、あおいは少食だ、もっと食べないと体が温まらないぞ、と言われ続けた結果、
朝からもりもり食べれるし、
こないだも、昼ごはん、日本の1.5倍以上あるだろうハンバーガーとポテトと、さらにゲルレが辛くて食べれない、と言ったスパイシー焼き鳥みたいなのを2本(日本の焼き鳥の6本分くらい)をぺろっと食べ、さらにその後チョコパイやオニオンスナックなどを普通に食べて・・・
モンゴル人はハムが大好きで、日本だと焼いて食べそうなハムを生でパンの上にたっぷりのせて食べます。最初は私は焼いて、マヨネーズかけて、とかしてたんですが、今ではすっかりそのまま食べれるようになり、モンゴル人食べをよくします。
やっぱ寒いと食べないとなーと自分に言い訳しながら、たくさん食べる毎日です。

2010年9月17日金曜日

モンゴル映画

バヤール、昨日の夜に連絡とれました。
病院に行って、ひじは縫ったそうです。頭は様子を見てるそう。
入院しろと言われたけど、できないから毎日通う、とのこと。
かなり疲れが溜まってるんだと思います・・・。
でもちゃんと日本語喋れてたし、声を聞けてほっとしました。
ちょっとちゃんと休んでほしいなぁ。

昨日の夜はゲルレたち女5人と、映画を見に行きました。
事務所から歩いて20分のところ。
でも歩道なんてないので、車の間をすり抜けながら車道をひた走り、プチTRYみたいな状態で、きゃーきゃー言いながら、かなりスリリングな道のりでした。(行く途中、バスと普通車事故ってました、ほんと日常茶飯事とはこのことです。)
車椅子5人に健常者3人だったので、2人は勇ましく車椅子こいでました。
あの、セミナー中アイドルだったツーモ(覚えてますか?)は結構たくましいというのがよくわかりました。

なんとか到着。
言わなくてもわかるとおり、相変わらずの階段だらけでしたが、店員さんに抱えてもらい、
「スロープつけてねー」
と一応運動もしつつ、映画鑑賞。
「ми:15」というモンゴルの映画を見ました。
この映画、実際にモンゴルで2年程前に起こった、ヘリコプター墜落の映画だったのですが・・・
グロすぎる・・・
1時間半中、1時間くらい「うわぁー」「いたいよー」みたいなシーン。
ずーっと絶望で、救いは最後の1分、救護隊のヘリに発見されたシーンのみ。
正直ほとんど見てられませんでした。
きつかったー・・・。
次見るなら、もっと気楽にモンゴルの恋愛もの見たいです。ほんとに。

そうだ、みんなが持ってきてくれた日本のお菓子は、モンゴル人に大好評です。
事務所の机の上に、こまめに出してるんですが、速攻なくなります。
アベラさんは、
「お客さんが来たときに出すんだからスタッフあんまり食べないように!」
って注意するくらい。
それでも私は出し続けますけどねー。

2010年9月16日木曜日

ゲル地区。

写真初めて貼り付けてみましたが、いまいち使い方がわかりません・・・

昨日今日とモンゴルCILはお休みモードですが、事務所には結構人が集まっています。
一昨日から急に寒くなったモンゴルで風邪をひいた私は、だいぶ長いこと寝てました。

それでも一応昼間は外へ出て、モンゴル視察。
一昨日はゲル地区に行ってきました。ゲルレが住んでいる地区です。
ゲルにはお風呂がないため、共同シャワーというのがあります。そこの一つが、車椅子で使えるよう改修した、と聞いて見に行くことに。
ゲル地区はもちろんアスファルト舗装なんてされていないので、砂埃にまみれながら目的地へ。
せっかくシャワー浴びても、帰りにまたどろどろになるやろなぁと思ったけど、それは考えないことにします。

結構きれいなところで、25分1,500トゥグリク(100円)。段差にはスロープが用意されていて、中に入ると、結構広い。シャワーの横に浴槽までありました。
これはTRYで使えそう、と思いましたが、車椅子で使えるようになっているのはここ1箇所のみだそうです。
ゲル地区は、ウランバートルの都会とは雰囲気が全然違う感じがしました。
まるで違う国にきたみたい。
でも障害者はこのゲル地区に多いとのことなので、みんな、ゲル地区行けばもっとモンゴルの状況わかりやすかったかなぁとちょっと残念。

昨日は、JICAで「障害と開発」という勉強会がネット会議で開かれ、バヤール、アベラさん、私で行って来ました。タイのCILの報告を中西さんがしていました。
でもその前にバヤールが車から車椅子に乗り移るときにこけて、頭を強打!
ひじは流血し、頭痛が。最初我慢して聞いてたけど、
「熱が出てきたみたいなので帰ってもいいですか・・・」
と。こけたシーン、私は見てなかったんだけど、かなり激しくこけたみたいです。
心配です・・・。
電話にでません・・・。

2010年9月14日火曜日

ほっと・・・

どうも。
10日ぶり?
怒涛のように日本人とアジアメンバーが押し寄せ、怒涛のように帰って行きました。
いろんなハプニングがあり、この10日間くらいで私は10回くらい空港に行きましたが、まぁそれとセミナーの内容はHP作成委員の人たちが毎日更新してくれていたので、そっち読んでください。

モンゴルセミナー、すごくおもしろかったですよ。
私は完全に裏方だったので、ばたばたしていてみんなの発表がちゃんと聞けなかったのが残念でしたが・・・。イベント作りはおもしろいなぁと。
パワフルなアジアのメンバーのみんなと会えたのも、すごく元気をもらえました。

みんなが帰ってさびしい反面、日常が戻ってきて、ほっとしています。
今朝は最後の日本人、廉田さんたちを空港で見送り、今は事務所に。
ゲルレは中島美嘉の「雪の華」を練習し、
アベラさんはなぜかパソコンでfacilitateの発音を繰り返し聞いていて、
オカはビューティフルライフを音なしでYoutubeで見ています。

のんびりとした空気が流れています。
私は忙しかった日々が終わり、ほっとしたのもあるんでしょうが、今日から急に寒くなり、少し風邪をひいたみたいです。
さっさと治して、残り2週間も充実した日々をすごせるよう頑張ります。

ではでは。
昼すぎから会議があるのでこのへんで。

2010年9月3日金曜日

シャフィック到着!・・・できず!

今日はいよいよモンゴルにアジアメンバー初到着!ということで、パキスタンから来るシャフィックを迎えに、バヤール、ズラス、ボランティアの男の子と私で空港に向かいました。
パキスタンはビザをモンゴルの空港で取るので、念には念を、と早めに行き、イミグレーションまで私たちがいけるように手続きをし、用意周到で待ち構えていました。
北京からの飛行機が5分遅れで到着し、いよいよやなー、と思っていると、ボランティアの男の子が、首を振り、両手をあげて戻ってきました。
「乗ってない」と。
まさかーと思って時間間違えたかな、とも思い、事務所に連絡してメールを確認してもらうと、
シャフィックから、
「すべてはうまくいって、今ぼくは飛んでます」
という楽しげなメールが昨晩か早朝?かな、届いているのみ。
メインにも連絡して確認してもらったけど、3日の10:50に到着で合ってました。
エアチャイナにシャフィックの名前を確認しても、リストに載ってる人が乗り遅れた場合モンゴルに連絡がくるが、何も連絡がきていない、とのこと。
ほんまに、シャフィックどこに飛んでいってしまったんやろー・・・

あきらめて、空港から事務所に戻っているときに、シャフィックから電話があり、
「すみませ~ん、北京の空港で乗り継ぎの時間が1時間しかないのに、2時間もかかって、乗り遅れました~、北京悪いところです~」
とのこと。
今日は北京で安いホテルに泊まって、明日の同じ便でこれるとのことで一安心ですが、人騒がせな感じでした。

昨日は通訳をしてくれる人がぞくぞくと事務所に来て、打ち合わせを。
ほんとにモンゴルは9月になると動き出すんだなぁと実感。
日本の障害者のことをできるかぎり伝えました。
まだまだ全員の通訳の人と会えていないので、なんとかして、セミナーまでに一度会って、日本の状況を伝えたいなと思っています。

モンゴルでセミナーの準備をしていて、日本との文化の違いを実感することが多々あります。
日本でなにかイベントを計画するとき、ちゃんと「計画」しますよね。
これをいついつまでに提出、だの、どこどこに申請に行くといつ返事がくる、誰々にこれこれをお願いしておく、とか見通しが立つことが、モンゴルではまったくたたない。
基本的に何もかもが行き当たりばったりです。
それはメンバーだけの問題ではなくて、社会自体が、行き当たりばったりな感じなんですよね。
この日に誰々と会う約束をしていて行っても、
「今いない、明日朝来てくれ」
となる。
いついつまでに返事くれると言っていても、
「まだ書類が届いてないからわからない」
となる。
前にOKといわれたことも、次行くと
「聞いてない、知らない、わからない」
となる。
たらいまわしもあたりまえ。
忘れられることなんかしょっちゅう。
そのうち、何をどこまで申請してそれがどこまで進んでいるのか、いつ誰に会いに行くのかなんなのかもうわからなくなってきて、
「んーまぁいいか、なんとかなるか」
となってくる。そういう国なんだなぁと。
今回のセミナーも、そんな感じで、きっとなんとかなるんだと思っています。
ちなみに、昨日今日とモンゴルメンバーは散髪ラッシュです(笑)
今ズラスが戻ってきて、めっちゃ髪短くなってて、大笑いでした。